小岩井のんびり生活

小岩井農場の傍でDIYや庭作り、その他の日常生活を綴るブログ。

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お盆近し。お墓事情について我思うこと。

分厚い高気圧に覆われ、毎日うだるような暑さです…
夏休みも中盤を迎えて夏気分はピークといった時期でしょうか。

来週の8月半ばに「お盆」がやってきます。
地域によってこのお盆の時期は多少ズレがあるようですが、だいたいは13~16日あたりとされているようです。
お盆と言えば…

お墓参りが一般的なイメージだと思います。




親族が揃って墓前で手を合わす。
日本古来から伝えられる風景のようにも思えますが、実はその歴史はそんなに古くはないようです。


現代の墓石のようなお墓事情は江戸中期頃からみられるようになってきたそうですが、それでもある程度の階級の人々の特権みたいなものでした。
一般市民が「○○家の墓」と今のような一家に一基のお墓スタイルになったのは実は昭和30年前後からなんだそうです。

たしかに墓地に行って、刻まれた戒名をみると一番古い名前でさえ昭和初期あるいは大正時代のような気もします。
そもそも何代にもわたる名家では、相当古い年号が刻まれていたりするかも知れませんが、極々稀なケースだと思います。


じゃあ、お墓がなかった時代はどうしていたのか?
気になったので色々調べてみると、昭和40年代まで地方によっては土葬がまだ残っていたそうです。
火葬せずに木樽に入れて土に埋葬する。

今ではなかなか考えられないことですが、それが普通の時代があったんですね。




前置きが長くなりましたが、
今回の本題は、このお墓の継承についてです。


最近ではニュースなんかでも無縁墓とかが増えたりお墓の管理が難しくなってきている…という内容のものを耳にします。
特に地方に行けば行くほどそれが顕著なんだと思います。
だって「人」がいないんですから無理もありません。
第一子が特に男の子であった場合、親族総出で「お墓の跡取りができた!」と喜ぶこともあるのだとか。
…非常に残念な思想だと思ってしまいますが、それだけお墓の継承に関しては一部地域?においては死活問題な訳です。


少子高齢化問題も、お墓の継承が危機であることに拍車をかけています。
年金問題のように少ない若い世代がたくさんの高齢者たちの給付金を捻出しなければならず…
お墓問題も同じような構図がみられます。
子孫が少なく(またはいない)遠方にいて疎遠なのに、ますます核家族化が進んで確実にお墓は増えていく…
と同時に忘れられていくお墓も増えていく。
家ごとにお墓を持つ時代ですから、子孫たちは一体何カ所の知らない人のお墓を継承していかなければならないんでしょう。

はっきり言って、この問題に直面する子孫たちにしてみればお墓は重い足かせ以外の何ものでもありません。勿論、全部が全部ではなくて、そういうケースが現実的にあるだろうし増えていくということです。
そもそもそんなに長い歴史や伝統があるわけでもないお墓事情なのに。



決して、お墓参りが良いとか悪いとか言っているわけではありません。
お盆の時期に先祖を敬う日本の尊厳ある習わしだと思います(歴史は浅いですが)。


でも、どちらかというと自分はお墓には入りたくない派です。
一応実家にも墓はあります。
今後そこはどうするの?
と言うツッコミはさておき、これからの色んなことを考えると子孫たちのためにもあえてお墓は残したくない。

何言ってるのこのアブナイ人?
という意見があってもそれは当然だとは思います。
そもそもお墓という形に残らなくても故人を想う気持ちがあれば、違う形でも全然いいじゃないかと思っているだけです。

最近では、お墓に代わるものとして「樹木葬」とか「合同葬」なんてものがあるみたいです。
「散骨」と言う言葉なんかもよく耳にします。
だいぶ昔から、自分もそれらを望んでおり奥さんとはよくこういう話をします。
生きてるうちにこのような意思表示をしておくことは重要だと思っています。

おそらく何の意思表示もなければ、自然とお墓に納められることでしょう(笑)





「墓地、埋葬等に関する法律」というものがあって、墓地以外に遺骨を埋めることが禁じられているそうです。
なので、自宅の庭に遺骨を埋めるのは違法ですが、撒くことは規制の対象ではないとのこと。
流石に庭に散骨はないかな…と思いますが
それに関しても、あとは残された遺族次第なんだと思います。
いくら故人が望んでいたとはいえ、遺族の中には理解に苦しむ人たちもたくさんいることでしょうし。

でも、とある調査では若年者の4人に1人がお墓は必要ではないと答えているそうです。
これは、時代だと思います。
お墓問題はこれから先、日本が直面するであろう大きな問題のひとつになっていくことは確かでしょう。


日本らしい風景であるお盆の墓参りですが、その気持ちは非常に尊くていつまでも続いてほしい…とは客観的に思います。
お墓以外の○○葬だとしても、根本的な想いは同じですから。
ちなみに遺骨を自宅で安置すること自体はなんの問題もないため、
「そばに置いておきたい」
「暗い墓に入れるのはかわいそう」
「独りにさせるのはかわいそう」
…お墓の事情やかたちが多様化しても、大切な人を亡くした遺族の気持ちは変わらないはずですから。


葬儀の形については、色々な宗教や宗派があるでしょうから特には触れません。
ここにも追及すると長くなり過ぎます(笑)





 
 
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2015/08/06(木) 00:06:04 その他 トラックバック:0 コメント:0
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